


【目次】 1.今月のトスカーナの畑より 2.狂ってるという名前のワイナリー“カパルツォ” 3.グラッパの街“バッサーノ・デル・グラッパ” 4.フィレンツェより街のトピックス ・シチリア州のエトナ山、火山噴火 ・アンティノーリの家賃?! ・G8後のイタリア ・フィレンツェの有名バール“Giacosa(ジャコーザ)閉店 ・今月イタリア旅行を予定している方へ 5.ソムリエ協会で勉強すること
1.今月のトスカーナの畑より■2001年ヴィンテージ経過報告すっかり夏だと思い始めた矢先やって来ました、低気圧一過……。 先月話(誰から?)を聞いた時今年はなんとなくデリケートな年になりそういうこととだったので、窓の外を見ながらぶどうは大丈夫だろうかなどと心配しましたが、幸いにも2日ほど降っただけで雨は上がりました。 ぶどう自体にも深刻な影響はなかったようです。 この時期ほとんどのワイナリーが樽や醗酵タンクの清掃などを終え、収穫の準備も大方終わります。ワイナリーでは嵐の前の静けさといったところでしょうか?! バカンスに行く生産者もいます。
ぶどう房の選別を行ったり敷地内の清掃や改装、増築を行っているところが大半です。 標高の高いところにあるワイナリーでは、今年一部の畑で霜の被害などがでているため収穫量が少し減るようです。その上、上質のぶどうを得たいが収穫量も確保したいということで、ぶどうの剪定は、出来るだけ遅い時期(つまりこれから)、ぶどうに色がつき始めてから行うそうとか。 今でも収穫量が少ないのをさらに減らします。 ですから2001年ビンテージの多少霜の被害を受けたモンテプルチアーノやボルゲリなどの海沿いの地域の高級赤ワインは、もし造られるとしても希少なものになりそうですよ!
ぶどうの成長に関してはそれほど今のところ大きな問題もなく量は少ないが先月と変わらず順調のようです。ご安心を。
2.狂ってるという名前のワイナリー“カパルツォ”■ワイナリーは「狂ってる」?何て変な題名なんだと思った方も多いと思います。でも本当にワイナリーの名前がそうなんです。 “Ca Pazzo!(カ・パッツォ)”「何て狂ってるんだ!」からその名前が来ているのです。 彼らの歴史は30年前にさかのぼります。 最初、このワイナリーは“Italia Unita(イタリア・ウニタ)”というロンバルディーア州からバジリカータ州までが参加している組合によって設立されました。
この成長の過程で彼らは昔の古い母屋や貯蔵庫などをすべて新しくしてしまい、古き良き物を狂ったように捨ててしまったことから由来しています。
規模的にはモンタルチーノの南に位置するモンタルチーノ最大の敷地面積をもつバンフィほどは大きくありませんが、それに続くほどの大きさです。 所有面積は約120ヘクタールにも及び、その敷地内には山や森も含まれます。畑はモンタルチーノ規定域内4ヶ所に分かれて所有しています。 ■行ってきました!さあ、フィレンツェからこのワイナリーに行ってみましょう(今回は車での移動になります)。 フィレンツェ・チェルトーザICから高速道路(SS1)に乗り、シエナ南で降りモンタルチーノ行きの標識に沿って南に進みます。 小さな街をいくつか過ぎると小高い丘のふもとに右に曲がるようにとモンタルチーノ行きの標識があります。この標識に沿って右折して注意深く左側を見ながら進んでいくと“カパルツォ”の標識がありますのでその路地を入っていきましょう。ぶどう畑の中を進んでいくとその先がワイナリ−です。 彼らの持論は 「たくさんのことを学ぼうとするワイナリーは生産するワインの種類もたくさんになる」 ということ。 ゆえに彼らはぶどうをはじめ、土壌や醸造方法、熟成方法などすべてのことを研究し続けていて、そのためにワインは小さい区画ごとに造られているものが多いのです。
最新の技術を導入し、土地に見合ったぶどうを植えながらも、伝統に沿ったワイン造りを心がけているようです。 カパルツォのワインはイーエックス・ワインのカタログにもありますので機会があったらぜひお試しください。
3.グラッパの街“バッサーノ・デル・グラッパ”■またさらに北の方にちょっと足を伸ばしてみましょう!今回はグラッパの街、Bassano del Grappa(バッサーノ・デル・グラッパ)です。 もともと、ワインはキリスト教と共に普及しました。有名な「ワインは我が血なり、パンは我が身なり」のキリストの言葉。 それを受けて彼らは、ワイン造りを始めました。 教会はお布施だけに頼らず、自分たちで造ったワインも売りながら教会の資金にしていたのです。 「せっかく苦労して育てたぶどうだから、絞った後も何か出来ないか」 と考えた末に出来たのがグラッパです。 そのような流れは農家の間にも広がっていき、いつしかぶどうを造る農家も、そんなグラッパを普通に造るようになっていきました。 ということは、ワインの種類だけグラッパの種類もあるということです! 今では樽に入れたものや特別な造りをした高価なものもありますが、イタリア人が普段楽しむグラッパは本当に安いものです。
さてバッサーノ・デル・グラッパの街を少し紹介しましょう。 ここはヴェネツィアの北西約50キロのほどにあり、オーストリア・チロル地方を思わせるかわいらしい街です。
■POLI社
街の中心をブレンタ川が流れていて、その川にかかるアルビーニ橋はフィレンツェのポンテ・ヴェッキオのような存在です(街の人々はこの橋をこよなく愛しています)。ちょっと曇った空にそれぞれの窓に花の植わった鉢が良く似合います。 街の中にはPOLI(ポーリ)社というグラッパの有名蒸留会社が経営するグラッパ博物館もあり、伝統的な蒸留器などを間近に見ることが出来ます。
その上グラッパの試飲もさせてもらえるので、ぜひ立ち寄ってみましょう。 やっぱり街の中では、街に「グラッパ」の名前がついている通り、誰もがグラッパを飲んでいます。飲み方はまた後で紹介しましょう。 アクセスはまず、パドヴァという街を目指します。
そこから2両編成のバッサーノ・デル・グラッパ行きの鈍行に乗り込み、約1時間です。頑張ればフィレンツェからも1日で往復できますよ!
■それではイタリアでのグラッパの楽しみ方を少し紹介しましょう『まずはノーマル編』グラッパは言わずと知れた食後酒ですから、当然食後に楽しみます。 自分も日本にいる頃は、おなかが一杯のときにこんなに強いお酒が飲めるのだろうと不思議でした。 でもこちらに来て、いつのまにか食後にグラッパは必要不可欠のものになっていました。これは多分イタリア料理が日本料理よりもオリーブオイルを使う量が多く、お肉をたくさん食べるからなんでしょうね! その証拠に、日本料理を食べた後はちょっと辛いかなあ、という気が(笑)。 おなかが一杯の時に飲むグラッパはおなかもすっきりさせてくるし、本当にいい気持ちにさせてくれます。
『ちょっと応用編』自分はお酒がそれほど強くないので、グラッパをそのまま飲む習慣はあ・ま・り、ありません。そんな自分でもグラッパのクセになる飲み方を紹介しましょう。 エスプレッソ・コーヒーに入れてしまいます。 イタリアでは普通コーヒーというとエスプレッソになります。しかも日本のよりもやや濃い目。新聞によるとイタリア人は毎日平均して5,6杯のエスプレッソを飲むそうです。 イタリア人に言わせると抽出時間が短いのでアメリカンコーヒーよりカフェインが少ないので何杯も飲めるのだそうですけれど……? 更にイタリア人は普通このエスプレッソに砂糖を山盛り入れます。何でそんなに入れるの? と聞いたことがありますが、「だって苦くておいしくないんだもん」という始末。 そう言えばイタリア人は、甘いもの大好き民族でした(ちなみに、残ったお砂糖も、スプーンですくってちゃーんと食べます)。 そんなお砂糖入りのコーヒーにグラッパを入れます。 女性の方はよく「デザートは別腹!」なんて、どんなにおなかが一杯でもちゃんと召し上がれますよね。男性の方はこんなときにこのコーヒーを試してみてください。 甘いものも付き合えるし、おなかもすっきりするし、ほろ酔い気分も味わえます。 ちなみにお店で頼むときはコーヒーとグラッパと別々に頼みましょう! 一緒に入っているものを頼みたいときにはカフェ・コレットと頼みましょう!
『次に本文中でも紹介したバッサーノ・デル・グラッパでの飲み方』ここは15世紀のヴェネツィア支配の影響を受けてヴェネツィア風の飲み方です。それはスピリッツと言います。
当然試したことは言うまでもありません(笑)。
『かなり応用編』バニラアイスクリームにコーヒーをかけるデザートがあります。このデザートのことをジェラート・アッフォガートと言います。 さぁ、皆さんのお気づきですね! そうです、かけるコーヒーをカフェ・コレットにしてしまうのです。 これは、あまりイタリア人もやっているのを見たことがありませんが かなりいけます。あーーー、アイス食べたくなってきました。 日本ではあまりワインに比べるとなじみの薄いグラッパですが、こんな楽しみ方試してみてはいかがですか?
4.フィレンツェより街のトピックス■シチリア州のエトナ山、火山噴火7月12日にシチリア州のエトナ山が火山活動を開始しました。 この噴火はかなり大きなものでテレビでは毎日のように新しい溶岩の川が出来ていました。そこで心配されるのがDOCエトナ(シチリア州のワインで白、赤、ロゼ、スプマンテが認められている)です。 早速電話してみました。 先方のワイナリーの方は「毎日ゆれているわよー!」と、なんてことない様子。畑の方も今年は遅霜の被害などもなく、突出した年ではないものの質量とも今のところ満足行く状態とのことです。 また噴火の被害は、「細かい灰が降ってるわよ、ミネラル分が増えて良いかもね!」なんて冗談とも本気とも分からない返答でした。 とにかくワインに関して火山の被害はあまりないようです。 8月1日現在噴火はまだおさまっておらず、溶岩が元気よく噴火している映像がテレビでも流れています。新聞には、山にむかって「もうやめて」なんていう見出しもついています。 ※8月3日現在噴火はまだ続いています。
■アンティノーリの家賃!?あのアンティノーリ(フィレンツェの貴族の世界的に有名なワイナリー、優良ワインを多数生産している)が家賃問題で裁判になっています。 彼らのワインの名前でもある“Badia a Passignano”(バディア・ア・パッスィニャーノ)にあるワイン熟成庫は、ベネディクト派修道院のものなのです。 その熟成庫の家賃の値上げで裁判になっています。 彼らの返答次第ではTignanello(ティニャネッロ)やSolaia(ソライア)がなくなってしまう可能性もあります! ……って、そんなことは絶対にないと思いますけど。 熟成庫の判決はもうまもなく出るそうです。
■G8後のイタリア街に大混乱を残したまま、あっいう間に終わってしまったG8(ジー・オット)、スウェーデンでの反グローバル派による過激な行動も記憶に新しいところですが、今回の舞台となったジェノヴァではより激しく、悲しい出来事も起こってしまったのは日本でも報道されたことと思います。 西へたどっていくとフランス・ニースのあるコート・ダ・ジュールへ続く、リヴィエラと呼ばれる一大リゾート地を二分する位置にあるこの街は、ヴェネチア、ピサと並び海運王国として一大繁栄を誇ったところ。 大量のバジリコを使ったジェノバ・ペーストが有名なら、作家の故須藤敦子さんが50数年も前、留学のために長い船旅を終えて初めてイタリアの地を踏んだのもここ、白いおサルのエミリオを伴ってマルコが母をさがして旅に出たのもこのジェノヴァなのです。 さて、ルネッサンスやバロックの頃の建物も見られ、古き良き時代の匂いも残るこの街の雲行きが怪しくなっていったのは、開催の1-2週間前からだったでしょうか。 実際にミラノ中央駅の駅前広場で集会が開かれていたのを目にしたときから自分の中でも現実味を増してニュースが気になるようになりました。 いい加減なタイムテーブルで進行するTVですが、7時を越えたあたりから6つの国営・民営(この民営の元ドンは、最近大騒ぎの末に首相に納まった大富豪ベルルスコーニ氏です)の各局が一斉に、といっても15分ほどのタームで順番にニュース番組をはじめます。 イタリア人と居ると、なぜかたいていの人がこのニュースを順番に見ていくのです。ほとんど同じことをやっているっていうのに、「なぜだろう!?」。 これにはとってもイタリア人らしい理由がありました。 まずひとつ目のニュースがはじまり、流れていくエピソードについて口々に感想・意見が飛び交います。その間もTVは流れているわけで時々誰かが皆を遮ります。 「シッ!黙って!!」 一瞬はシンとなるのだけど、それくらいで流れていたニュースを把握できるハズもありません。 すると次のチャンネルで確認すればいいや、ということになって、またそれが一度ならず続き、次々にチャンネルを変えてはさっきと似たようなニュースを見続けることになるのです。 それが習慣になっているのだとにらんでいるのだけれど!? そしてその焦点もとても変わっていて、肝心のG8の内容についてより、日本の女性の政治家がやってきたので彼女を中心に記念撮影があったとか、混乱のおかげで住人たちは別の街に避難した人も多かったとか、リゾートからも人の足が遠退いたとか、そして街の混乱の様子が大きくクローズアップされていて、いかにひどい様子だったかを伝える方に力が入ります。 そして10時を過ぎる頃になると、おきまりの討論会スタイルの番組が各局で流れ、もう言ったもん勝ちで勝手にしゃべっていきます。 いかにインパクトがあって人を引きつけることが出来るか、という感じの、まるで口げんかを放送しているようなものなのです。 反発意見を持つのが悪いとはちっとも思わないけれど、それが店を焼いたり、盗んだりすることと何のつながりがあるのだろう。 いまだに毎日増えているケガ人の記事を報道している他国があるだろうか。過激さについての報道はしていても、なにがきっかけで起こったかはもう忘れ去られようとしています。
■フィレンツェの有名バール“Giacosa(ジャコーザ)”閉店フィレンツェのブランド通りといえばトルナブォーニ通り。 最近この通りの組合長から、新しい法令が打ち出されました。労働時間を一時間短くすると言うものです。これによりフィレンツェの人々にも慣れ親しまれてきたこのバールが閉まることになりました。 ここはイタリアのカクテルであるネグローニが生まれたところでもありました。 歴史的には30年ほどのバールですが、高級感とコーヒー、ケーキなどの評判から、イタリア中で有名でした。 毎朝ここでカプチーノとデニッシュを食べる人も多く、地元ではがっかりしている人がたくさんいます。
■今月イタリア旅行を予定している方へフィレンツェの中央駅は新聞に載るほど大騒ぎです。人が多いわりに開いている窓口がとても少ないのです。さらに、特急のユーロ・スターが8月20日まで全席指定となります。 指定券を持っていないと罰金を払わせられますのでお気をつけください。この時期のみは日本国内でのチケットの手配も考えたほうがよさそうです。
5.ソムリエ協会で勉強することさて今回は泡物のおいしい季節ですし、少しイタリアの発泡酒のお話をしましょう。 輸入しなくともたくさんの種類のワインがある国、イタリアが輸入するワインってどんなものだと思いますか。 答えはイタリアではなかなか造られていないもの、特徴的なものです。 つまり、フランスのシャンパーニュやコニャック、アルマニャック(ブランデー)、ポルトガルのポート、スペインのシェリーなどが大半です。 逆にイタリア国内で造られる特徴的なものというと、マルサラですね。だから勉強も通常のスティル・ワインに加え、これらの特徴的な醸造酒の製造法を中心的に学びます。 さて、イタリアにもシャンパーニュ方式(スプマンテ)協会というのがあるのをご存知ですか? スパークリング・ワインとはワイン内に泡が含まれるワインのことを言います。 イタリアでは正確に言うと気温20度で3気圧以上、アルコール度数9度以上のときのみスパークリング・ワイン、ちなみにV.S.Q.P.R.Dは3.5気圧以上、アルコール度数9.5度以上が必要です。 特にこのシャンパーニュ方式とは、その泡をそれぞれの瓶の中で、一本ずつ丁寧に造ります。 だからシャンパーニュっておいしいけれど高いんですよね。 話を戻しましょう。 この協会の名前はIstituto Talento Metodo Classico(イスティテゥート・タレント・メトド・クラシコ)と言います。
イタリアの最初のシャンパーニュ方式で造られたワインは1860年にCamillo Gancia(カミッロ・ガンチャ)さんによってモスカート種を使って甘口のスパークリングとして造られました。 イタリア初のシャンパーニュ方式のワインは甘口のアスティでした。その後コネリァーノのAntonio Carpene(アントニオ・カルペーネ)やトレントのGuilio Ferrari(ジュリオ・フェッラーリ)によってシャルドネ種とピノ種を使った辛口のものが造られるようになりました。 そしてスパークリング・ワインは徐々にイタリア各地に広がっていくことになります。 1本1本瓶内で泡を造るシャンパーニュ方式に対して、一括泡大量生産方式をシャルマー方式といいます。昔ながらにシャンパーニュ方式で造っている造り手は自分たちのワインがこれらのものといっしょにされるのを嫌がり、このシャンパーニュ方式協会を発足ました。 発足人はCarpene(カパルペーネ)、Antinori(アンティノーリ)、Contratto(コントラット)、La Versa(ラ・ヴェルサ)たちでした。 このトレードマークをつけるには、いくつか規定があります。 ・ぶどう品種がシャルドネ種、ピノ・ネーロ種、ピノ・ビアンコ種の中から造られなくてはならない(単一、混醸どちらでも良い)。 ・ピエモンテ州、ロンバルディア州、トレンティーノ州、アルト・アディジェ州、ヴェネト州、フリウリ州のいずれかの地域で造られなければならない。 などです。 ちなみに、DOCGに認められているシャンパーニュ方式のワインはロンバルディア州のフランチャコルタで、シャルマー方式のものはピエンモンテ州のブラケット・ダックイ、アスティ・スプマンテです。 次にイタリアのシャンパーニュ方式のワインを買うときにはマークがついているかご覧になってみてくださいね!
【あとがき】 アパートは普通一階の入り口に鍵つきの扉があります。その中にいくつもの家があるわけですけれど、その家の扉の鍵が普通とちょっと違うんです。鍵の施錠は鍵を差し込んでから2、3回まわさなくてはなりません。 家によっては5回くらいまわす家も…まわすことによって扉が上下左右にロックされるんです。こんなにしっかり扉を閉めても入ってくるイタリアの泥棒さんて相当の根性もちか、相当執念深いんでしょうね!? と言っている間に2001年も8月になってしまいました。早い地域では早々と収穫が始まります。 そしてイタリアは味覚の秋を迎えます。次回はそんな収穫情報といろいろな秋の味覚祭りのことを報告したいと思います。それではまた来月! Ciao Ciao!! |

