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リーダーシップ

 

リーダーシップというものの重要性を実感したのはもうずいぶん前のことだったと思う。1997年、ポメリースカラシップの研修でフランスのいくつかのレストランで働いたときのことである。

 

■たった2人で

パリ、ミッシェル・ロスタンはミシュランの2つ星に輝いており、毎日大盛況でクローズタイムも予約の電話のベルが鳴り止むことがない。店はそれほど広くはないが、100名はびっしり入る。

到着して驚いたのはスタッフの人数の少なさである。サービスの指揮をとるマダム、2人のメートルドテル、3人のシェフ・ドゥ・ランに、料理を運ぶ3人のコミ、そしてソムリエはたったの2人。自分の店では考えられない人員だ。

もっと驚いたのはサービスがしっかりと行き届いていることだった。お客様の来店時間は8:00-8:30に集中している。しかし、パニックになる様子もなく、お客様もみな快適に過ごしている。

僕が印象に残っているのは、バリバリのマダムと知識と人間性にあふれるシェフソムリエのアランだった。アランはどんな時でも動揺することも、怒り出すこともなかった(たとえ、研修の日本人がシャトー・レヴァンジルをボトルごと落として、お客様に粗相をしてしまったとしても)。

たった1人のアシスタントときっちりとサービスをこなし、その上お客様との会話も欠かすことがなかった。

どういうシステムで動けば、このようにできるのか。

唯一、感じ取ることができたのは、シェフソムリエの存在感とアシスタントとの間にある信頼関係だった。

 

■ボロは着てても……

次の研修先は1992年世界最優秀ソムリエ、フィリップ・フォールブラック氏率いるビストロ・デュ・ソムリエ。フォールブラックさんはあまり店には出ていないとのことだったが、僕が知る限りではほとんど毎日いらしたと思う。

そこでいろいろと面倒をみてくれたのはドゥニ。MOF(フランス国家最高職人)のタイトルを持つメートルドテルである。オペレーションは彼が中心となっていた。サービススタッフのレベル、施設はあまりよいものではなかったが、昼夜ともにいつも満席だった。

「こんな席でお客様は不快に思わないのか」というようにテーブルもあったが、ドゥニやフォールブラックさんがまわってくるとテーブルは和んだ。

研修の締めくくりはトゥールダルジャン。ビストロ・デュ・ソムリエと同じく、スタッフや施設のレベルの低さには少し驚いたが、これが歴史というものか、毎日店はドレスアップした国内外のお客様でにぎわっていた。

オーナー、クロード・テライユ氏は、フランス最高(つまり世界最高)のレストラン・オーナーと誰もが言う。クロード・ヴリナ(タイユヴァン、オーナー)もすごいかもしれないが、彼の前では未熟もいいところだ"とまで聞いたことがある。

テライユ氏は俳優出身で父を継いでこの業界に入った。世界中のVIPを迎え、もてなした。

トゥールダルジャンが"フランスの迎賓館"と呼ばれるのも彼の功績によるものだ。

毎晩、9時頃太陽がノートルダム寺院の肩をかすめ始める頃に(僕がいたのは7月)、テライユ氏はやってきてすべてのテーブルに挨拶をして廻る。このときのダイニングの雰囲気はそれまでとは全く違った、華やかで少し厳粛なムードが漂う。サービススタッフの表情は引き締まり、動きも緊張感を増す。トゥールダルジャンがトゥールダルジャンであるわけを知ることができるのである。

ミッシェル・ロスタンのシェフソムリエのアラン、フィリップ・フォールブラックさん、そしてクロード・テライユ氏。ある1人の存在の大きさに驚き、リーダーというものを少し意識した。

 

■究極のリーダーシップ

1990年初頭、豪華客船の旅が人々を魅了していた頃、南極探検は英雄こそが挑むものだった。そんな舞台の主役がヘンリー・アーネスト・シャクルトンである。

彼について書かれた本や映画を現在、経済界や各界のトップたちがこぞって参考にしているという。"究極のリーダーシップ"と書かれた本のタイトルに惹かれて読み出したその本は結局何度も何度も読み返す僕にとっての聖書のようなものになった。

その"英雄"シャクルトンだが、面白いことに当時の探検家としての目標であった南極点到達や横断を成し遂げてはいない。彼の偉業は3回目の南極探検となったエンデュアランス号において、遭難しながらも27人の隊員全員を生還させたことなのである。

目標を成し遂げた著名な探検家のほとんどが隊員を犠牲にしている。隊員同士で殺し合いがあったというケースもあれば、自殺もあったという。隊員の肉を食べていたのではないかとささやかれる探検家もいるくらいである。運良く生還したとしても、心身ともにボロボロというのが"仕方のないこと"だったという。

対してシャクルトンは目標の価値とそれに払われる犠牲を天秤にかけ、考えたという。勝利するためにどんな犠牲も、という考えを嫌った。2年近くの漂流の間、隊に内乱や混乱はなく、笑顔が絶えず、"人生で最良の日"と日記に記したものまでいた。漂流中でもっとも厳しい、"悪夢のなかの悪夢"と表されるほどの環境下においてである。

"究極のリーダーシップ"、シャクルトンの特徴的なところを挙げてみよう。

まずシャクルトンは過去の失敗に学ぶ才能があったそうだ。なぜ上手くいかないのかを追求し、改善をしていった。

絶えがたいリーダーとは

【1】隊員との間に溝がある。

【2】融通がきかない。

【3】非民主的である。

【4】決断力がない。

よいリーダーでありたいと常に願ったという。

『不満分子を側に置く』

扱いづらい者や不平不満を常に訴える者をシャクルトンは側においた。本能的にそういった部下を追いやるものだが、シャクルトンは意見を聞き、話し、すこしずつ影響を与えた。"もう死にたい"と落胆した隊員には重要なポストにおき、奮起を促した。それ以後、その隊員は死にたいとは口にしなかったという。

 

『皇太后からの贈り物を捨てても、楽器はもっていく』

シャクルトンは明るい職場の雰囲気を大切にした。

船を捨てて、救命ボートに乗り換えるとき、重量を少しでも減らすため、あらゆるものを置いていかなければならなくなった時、シャクルトンはまず自ら聖書や金貨、そして皇太后からの贈り物さえも捨てた。隊員たちもそれに続かなければならなかったが、かなり重いにも関わらず、楽器は持っていくよう命じたのである。どんな状態でも楽しいこと、明るさを保つことが大切だとの考えからだという。

隊員選抜の面接で、"みんなと一緒に歌えるか"と必ず尋ねたあたりもその考え方を象徴している。隊員たちに、"バカ騒ぎにシャクルトンは欠かせない"とまで言われている。

『階層をなくす』

航海士、科学者、甲板員とセクションがわかれ、身分にも違いがあることから、セクショナリズムが生まれ、派閥も自然に生まれるものだが、シャクルトンは職種を超え、あらゆる作業を隊員たちに分担させた。1等航海士が甲板を掃除したり、科学者が犬の世話をしたりするのはエンデュアランス号では当たり前のことだったという。当のシャクルトンも隊の誰よりも掃除が上手かったという。

その結果隊員はあらゆる仕事がこなせるゼネラリストとなり、小型ボートで荒れた海に漕ぎ出すという危機においても協力しあい、乗り越えることができた。

『前向きの姿勢こそ、真の勇気を示すもの』

シャクルトンの言葉であり、数多くの経営者がこの言葉に共感し、"救われた"と言っている。シャクルトンはどんな時でも前向きな姿勢を貫いた。流氷に閉じ込められ、身動きが完全にできなくなった時も、船がついに潰され、沈んでいった時もであう。"シャクルトンは怒りを爆発させるわけでも、落胆するわけでもなく、「起きてしまったこと」といった態度"だったという。そして、

「船も物資もなくなった。さあ、家に帰ろう」と立ち上がった。

シャクルトンは、「人間は古い目標がなくなれば、新しい目標に向かわねばならない」と常に考えていた。その結果、隊員たちは幸福感に浸れることができたのである。

「不安はないわけではないが、みな朗らかで、明るい。食料の割り当ても十分になり、このテントの生活にも慣れてきた。快適そのものだった病院での生活と同じくらい幸せだ。生きて無事に帰り、振り返ることができればすごい経験だ」。

ある隊員の日記である。

その他にシャクルトンはチーム編成の巧妙さ、寛大さ、責任感、など細かなところにおいても素晴らしいリーダーシップを発揮していた。隊員が飲む紅茶の濃さにまで気を配ったのである。

 

■1+1=5

人1人が加わるということは、頭数で考えればプラス1だが、その人物にリーダーシップがあると、イコール3にも5ものなる。例えばあるファミリーレストラン。ランチのお客様が列をつくっている。店長らしき人の動き次第で、次々に案内される場合もあれば、空いているテーブルがいくもあるのに、下げ物はそのままでなかなか案内されない。やっとテーブルについても今度はオーダーをなかなかとりにきてはくれない。

幸か不幸か、力のあるスタッフに恵まれた職場。そこにそのつわものたちをまとめあげるリーダーがいなければ、ギクシャクとして上手くはいかないし、派閥が生まれてしまう。当然、それは仕事の品質にも影響を及ぼす。

普段はそれほど意識せずにすむことだが、いざというとき(混乱が生まれそうなとき)にリーダーの存在感は5にも10のもなるのだと思う。

スポーツにおいても、ビジネスのおいても、政界でも町内会でも、上手くいくところにはリーダーシップを持つ存在があり、上手くいっていないところにはその存在がないことが多いのは確かなことだと思う。

 

■ワイン界のリーダーたち

あるワイン、あるAOCが注目され、認知度を高めていくにはそこに必ずリーダー的存在となる造り手がいる。

クーレー・ドゥ・セランのニコラ・ジョリー氏はサヴニエールというAOCだけでなく、バイオダイナミックスの品質を知らしめた。アルザス、ベルグハイムのジャン・ミッシェル・ダイス氏は同じくバイオダイナミックスのリーダーだが、残糖のあるリースリングや品種をブレンドしたグランヴァンにより畑の品質を強調するという新しいスタイルを確立した。

そしてラングドックでは、ドーマス・ガサックのギベール氏、マディランではブリュモン氏が、ドメーヌ・シャンパーニュではセロス氏やウーリエ氏が、といった具合にそれぞれのワインにおいて、大きな影響を与えている。

世界的にみてもやはりそれはあちこちでみられ、カリフォルニアではロバート・モンダヴィ、ピエモンテではガヤ、トスカーナではアンティノリ、ウンヴリアではルンガロッティ、カンパーニャではマストロベラルディーノ、スペインではトーレス、オーストラリアではレン・エヴァンス……。

彼らのワインが国際市場進出のきっかけをつくり、そのスタイルが指針となった。

 

■リーダーが持つべきもの

シャクルトンは見事なリーダーシップで絶望的な状態を克服した。"仲間意識"を隊員に植え付けることによって。彼によれば、

「世の中には素晴らしいものがいくつもあるが、仲間意識、つまり仲間に何かをしてあげられること以上に素晴らしいものを私は知らない」

隊員の結束が強まるわけである。

そして、こうも言っている。

「勇者には突如として、最悪の事態は最善のものへと一変する」

誰もがあきらめてしまう状況に置かれたときこそ、リーダーとなるものが持つべき精神なのかもしれない。

小さい頃から班長とか学級委員とか、キャプテンといったものに縁がなかった僕も、今年からリーダーとしてエンデュアランス号と同じだけのスタッフを率いていかなければならない。

できるだろうか。

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