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【 奥行き、幅広さ 】
その滞在では、グループ・アランデュカスのレストランをいくつも廻った。もちろん、すべてのワインリストをマルジョンさんが監修している。世界中に様々な店舗を有するグループ・アランデュカスだが、同じ店はひとつとしてない、スプーンのように同じ店舗名で展開するレストランであっても、国が違えば方向性、料理など変えている。
驚くのはすべてのレストランのリストは、それぞれ違ったコンセプトに沿ってワインが幅広くセレクトされていることである。例えば、スプーンはほんとんど外国(フランスワイン以外)のワインだし、プラザ・アテネでは入手困難な銘醸ワインやヴィンテージ、南仏のレストランではもちろん南仏中心、イタリアも豊富と本当にヴァラエティに富んでいるのである。大変な奥行きと情熱だと思う。
こんなことを言っては悪いけど、「あの人、またこのワインだ。好きだよな」なんて思ってしまうことは少なくない。特に他店舗を展開していればいるほど、そのセレクトは“こだわり”とは無縁、むしろ“やっつけ”といえるものとなっているように感じる。
一貫性とか、同一性というには、あまりにも苦しい。レストランは、同じようなものを出しているようでも、店が違えば、料理も、サービスも微妙に違ってくる。立地が違えば、文化や習慣、当然客層、価格帯など変わっていなければいけない。
食材に関してもそうだと思う。たとえば同じ牛肉でも、場所によって、価値観や捉え方、食べ方も違ってくる。
話は逸れるけど、この間ADPA(プラザ・アテネ)のシェフほかみんなで豚シャブの店で打ち上げをしたときのこと。シェフは「とてもおいしい。でもこんな薄くスライスして、その上、口に入れたとたん消えてしまうのが物足りなくて残念だ。肉を食べるならもっと噛みたいな」と何度も言っていた。よく噛まないと飲み込めないしゃぶしゃぶを日本で出したら大変なことになりそうだけど。
まあそういった価値観の違いもサービスや料理はもちろん、ワインリストにも影響させていかなきゃおかしい。だから、矢継ぎ早にレストランを展開させていくところってちょっと理解し難い。よほど幅と奥行きがあるのか、やっつけなのか。コンセプトは差別化よろしく変わっていても、ワインリストは変わり映えしないなんてよくみかけて残念に思いますよ。
【メッセージつきのワインリスト】
「ワインリストを開いて、それぞれのページからメッセージが伝わってこなければいけない」
マルジョンさんのよく言う言葉。それは「BIOを中心に選びました」とか、「話題のVdTやVdPにスーパートスカーナ」とか、雑誌のワイン特集さながらのものではなく、もっと明解で、普遍的な基準によるもの。つまり、どんなアペラシオン、どんなスタイル、タイプ、どんなヴィンテージのワインをセレクトしていく上で、明確なスタイルを押し出していくかということ。「うちはこんな特色をもったレストランです。どうぞそんな心地よいワインをお楽しみください」といったメッセージが伝わるものであるかということなんですよね。
モダンもクラシックも、強いヴィンテージもそうでないヴィンテージも、若いものもかなり熟成したものも、ごちゃまぜになっているようなリストを、「メッセージがまったく感じない」とマルジョンさんはよく言って戒めるんです。
ちなみにデュカスさんも、試食のときに「私は今、何を食べているんだ? この皿に込められているメッセージはなんだ?」と時々ベージュのシェフに言っています。
確かに、ワインリストをみた人が「ああ、ここのソムリエはこんなことを考え、意図して、こういったセレクションにしたんだな」と感じてもらえたら嬉しいし、自分が客側だったら“これを創ったソムリエに会ってみたいな”」と思うんだなと思う。
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