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いつも家にいる僕に「ホテルなら外国のお客さんもたくさんいるだろ。英語を勉強したらどうだ。スクールもたくさんできているし。何かと役に立つんじゃないか」と父親が声をかけてきた。それもそうだな、と、早速スクールに通うことにした。
それが10年後に役に立つとは思いもよらなかったけど。コンクールマニアの人なら、それがどう役に立ったかは知っていますよね。まあ、とにかくその頃は心にも、体にも、時間にも余裕があったんです。
その余裕のある時間と心の空いたスペースを埋めてくれる方がそのレストランにいらしたんです。今井雄一さんはトップ・オブ・ザ・タワーのソムリエだったんです。今となれば奇跡みたいなもんですよ。ビュッフェレストランですからね。当時はバブル景気も手伝ってワインがよく売れていたんでしょう。ソムリエのコスチュームを着ている方が館内に何人もいらっしゃいました。
トップ・オブ・ザ・タワーは多い日には一日1000名近くものお客様が来店されるレストランです。回転率重視でみんな働きます。そんななか、今井さんの周りだけは優雅な時間が流れていました。『これがホテルマンだ!』」と感激したものです。お客様もたくさんついていました。マネージャーを素通りしても今井さんには必ず挨拶をする。そんなお客様がたくさんいらしたのです。
100何十名ものグループのお客様が帰られた後は、レストラン中が下げ物の山です。急いで片づけして、次のグループの到着に備えなければなりません。みんな「きれい事は言ってられない」と大きなバットに残飯をひっくり返し、もうなんでもありです。でも今井さんだけはサービスで使うきれいなトレーで下げ物をしていました。それでいて、早い。ガチャガチャやれば早いって、みんな気のせいなんですよね。大して違わない。
これは今でも自分の考えのなかでとても大事な部分。こだわりと妥協の最大公約数を求めるって言うんですかね。プロである以上、とことんこだわりたい。でも現実離れもしたくない。現実を直視することと理想を捨てることは必ずしも一緒じゃないと思うからです。
「忙しいんだからそんなこといいよ」と先輩は言います。僕は『忙しいから』という言い訳は嫌いです。けれど「あいつ仕事遅いから」とは言われたくない。いつもそう思っているんです。きれいごとを突き通そうって。これは今井さんという、現実の中で理想的に働いている実例を見たからなんでしょうね。
入社以降、時に目をそむけたくなるような現実を目の当たりにする僕にとって、今井さんという存在は希望に満ちた光のようにすら感じてました。
今井さんは新入社員の僕にとってもそれほど近づきがたい存在ではありませんでした。誰にでも気さくの声を掛けてくれる人だからです。ダジャレも、下ネタも結構多かったし。仕事をたくさん抱えている人でもありました。というより仕事をあえてたくさん引き受けて、限界を広げようとする人っていますよね。今井さんはその典型でした。たいていはその逆ですけど。
接客や能力は一流でしたが、言い訳は超一流でした。ソムリエらしく。
今井さんは人からよく突っ込まれていました。そのとき、すぐさま返される言葉はとても気が利いていて、僕は好きでした。
「出勤がいつも時間ぎりぎりじゃないか。もっと余裕を持って来たら?」と言われると、「人間は余裕をもったらダメになる。俺は常に自分の限界にチャレンジしたい。わかるか?」って。遅刻すら哲学にしちゃうんです。
出勤時間はいつもギリギリでしたけど、仕事はほんと人の何倍もしていました。休憩時間もいつもたくさん資料を広げて。何をしていたのかよくわからないけど、とにかく何もしてない時間というのがない人でしたね。
今井さんは毎日21時ごろに上がるんですけど、バックスペースでビールを日勤のスタッフと一緒に飲むんです(そういえば、今井さんはビールもワイングラスで飲んでたな)。で、仕事や趣味やあらゆることについて話をしていました。「あの輪に入りてぇ!」っていつも思っていました。僕らも夜勤の仕事が終われば、一杯飲むのですが、とにかく21時のビールタイムがうらやましかったです。
遅刻スレスレで出勤する時、サービスしてる時、下げ物をしてる時、休憩中、そして上がった後。どの今井さんも僕にとってはヒーローでした。
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